実際には、本文「ビッグ・アップル」にあるように全くセンチな気分にならなかったのだが、その日にすることにはもう1つ候補があって、それは自分がニューヨークにいたせめてもの証しにと自分のヒュー・ビーンを一年間暮らしたビレッジのアパートの前に描き、地面にぽたぽたと涙を落とすというものであった(こうしてみると、私は話を涙で締めくくるのがよほど好きなようである。
日本人的!)。
それもその日になってみると何だか慌しく、そんなことをしている暇がなかったので果たせず、そのまま機を逸した格好でニューヨークを後にすることになった。
きれいに荷物をまとめて帰って来てしまって、もうあの街のどこにも私のいた痕跡はない。
あれからまた、世の中いろいろな事が起きた。
自らがエイズであることを涙ながらに告白した元プロテニス選手のA氏はエイズによる肺炎のため、世を去った。
ロス暴動のきっかけとなった州裁判所における白人警官の無罪評決、舞台を移した連邦地裁の評決は有罪と出た。
邦人留学生射殺事件は、撃った側が無罪となった。
アメリカの若き救世主と期待の大きかったK大統領は、閣僚選びからしてもたついて、経済もまったく回復せず、支持率はガタ落ち。
私が密かに応援していたH女史の評判も、どうにも芳しくない。
去年起きた様々な事件は新たな展開を見せ、次々と決着がつけられていっている。
もちろん去年の出来事がなければこうした展開はありえなかったのだが、ひとつひとつの事件のニュース性が薄れ、目下の現実に対して持つ意味が失われてくると、もはやそんなことがあったことさえウソのようだ。
そうしてみると、自分が格闘していた時空間まるごと風化してゆくような気がしてくるが、やはりあの時、その時、自分はそこにいたのだと、その時々に書いてきたことを読み返して思う。
この国がわからない、わかりたいと、人と話し、街を歩き、活字を読み、そうして感じたこと、考えたことを言葉にしたもの、それが自分のヒュー・ビーンなのかもしれない。
滞米中は数多くの方々にお世話になったが、とりわけS氏、Dご夫妻には、私がニューヨークを知ろうとするにあたり大きなご協力をいただいた。
この場をかりて、お礼申し上げたい。
今日は東大和 不動産が主流で東大和 不動産の需要が急増している。
武蔵村山 不動産をチェックしている方に、武蔵村山 不動産を多数紹介してもらいました。